久米島 展望スポット巡り【具志川城跡・宇江城城跡・比屋定バンタ・登武那覇城跡】

久米島 展望スポット巡り【具志川城跡・宇江城城跡・比屋定バンタ・登武那覇城跡】
沖縄本島から飛行機で30分程度の距離にある久米島。

交通の要所として、海を見渡せる場所には多くのグスク(お城)が築かれ、解明されていないものもあわせると10以上あったと言われています。

それぞれのグスクは高台に建てられているので、現在では絶景スポットとして観光地となっているのです。

今回は、そんな3つの城跡
・「具志川城跡」(ぐしかわ じょうあと)
・「宇江城城跡」(うえぐすく じょうあと)
・「登武那覇城跡」(とんなは じょうあと)に加え、
・絶景スポットとして人気の「比屋定バンタ」(ひやじょう バンタ)

の4つを巡ってきましたので、それぞれの景色と共にご紹介いたします!

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もくじ

久米島の歴史とグスクについて

はての浜
久米島の存在は古くから本土に知られていたようで、その存在が初めて歴史書に現れるのは「続日本記」(しょくにほんぎ・平安時代初期に作られた奈良時代の歴史書)の中です。

そこには、

「和銅7年(714)に球美(くみ)の人が奈良(平城京のこと)を訪れた。」

と記されています。

「球美(くみ)」というのは久米島の古い呼び名で、久米島が琉球列島の中で最も美しいことにちなんでいるそうです。

写真は久米島の中でも美しいことで知られる砂州「はての浜」ですが、確かに古代はもっと美しかったのでしょうね。

かつての沖縄には琉球という王国があったことをご存知の方も多いと思いますが、琉球王国として統一される前には、島内の豪族がそれぞれの城(グスク)を築いて覇権を争う、日本の戦国時代のような「グスク時代」という時代がありました。

なかでも勢力の強いが北山(ほくざん)・中山(ちゅうざん)・南山(なんざん)に大きく別れていた時代を「三山時代」と呼びます。三国志みたいですね。

世界遺産で有名な沖縄本島の「今帰仁城跡(なきじんじょうあと)」は北山王の拠点だったりと、沖縄本島にも数多くのグスク跡が残されています。

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1429年に中山王であった尚巴志(しょうはし)が沖縄本島を統一します。これが琉球王国の第一尚氏(しょうし)王朝のはじまりです。

久米島を支配したのは、伊敷索(ちなは)氏といわれる豪族でした。

そして、伊敷索(ちなは)氏の息子たちは、久米島の城をそれぞれ攻め滅ぼしたり、自ら築き上げたりします。

・長男は宇江城(うえぐすく)城
・次男は具志川(ぐしかわ)城
・三男は登武那覇(とんなは)城

その後、第二尚氏王朝の時代になり、尚真王(しょうしんおう)が各地の豪族たちを討伐したため、久米島の豪族支配も終わりをつげ、琉球王国の国家組織の中に組み込まれていくのでした。

現在はいずれもお城のそのままの姿ではなく、城跡として残っています。

城跡を見学するときに、そうした歴史を頭の中に少しでも置いておくと、また違った見方ができて興味深いですよ。

さて、次の項からは順番に史跡や展望スポットを見ていきましょう。

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具志川城跡(ぐしかわじょうあと)で現代も続く琉球の信仰に触れる

具志川城跡(ぐしかわじょうあと)

具志川城跡は、15世紀の初めごろ真達勃(まだぶつ)按司(あじ)によって築城されました。(按司(あじ)というのは、当時の豪族や位の高い人を差す敬称です)

現在は城門と石垣を残すのみですが、国の史跡ともなっており、城壁も復元されています。

地図を見ると、東シナ海へ飛び出した丘の上に建っているのがわかります。

三方を海に囲まれた絶壁で、正に天然の要害。

久米島は立地的に海外との交易が盛んで、具志川城跡からも青磁や青花(染付)などの中国陶磁器や中国古銭などが発掘されており、当時の元や明と交流があったことが判明しました。

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丘の上に登ってみます。
現在では階段が整備されていますが、結構急な坂なので、昔の人って大変だったのでは……
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階段の途中にある「トートー石」。
平たい石がベンチのようになっています。
琉球王国の最高位にある聞得大君(きこえおおきみ)に次ぐ位の「ノロ」と呼ばれる神女として、久米島を統括した君南風(きみはえ・チンペー)が、「ウチマー」を行う際にお座りになる場所とのこと。

「神女」とあるように、琉球王国では、祭祀を司るのは女性の役割だったのです。

明治維新後に琉球王国が沖縄県になり、ノロ制度も廃止され、聞得大君(きこえおおきみ)も戦後には途絶えました。

しかし、久米島の君南風(きみはえ・チンペー)は現代も代替わりしながら最高位の「ノロ」として存続しており、毎年ここで祭祀が行われています。

なぜここで祭祀を行うかというと、もともとここは周辺の集落の御嶽(うたき・拝所のこと)だった場所にお城を建てたからなのだそう。

ちなみに「ウチマー」とは、ノロと集落の代表者などが、それぞれの拝所にて、豊穣や繁栄の祈願を行う祭祀の一つで、現代も沖縄県内各地で行われています。

沖縄で販売されている手帳や旧暦カレンダーには、ほかにもたくさんの祭祀や行事があって、現代にも古の文化が続いていることが感じられますよ。

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さて、階段を登り終わると、結構急斜面のむき出しの土の道になっています。
雨の日の後などは滑りやすいので、スニーカーがマストです。

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門の向こうには海が。

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門を抜けると、広い空間が広がっています。
具志川城内は四つの郭に分けられ、郭内は低い石垣で仕切られていたそうです。

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海を見渡す立地。
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端まで寄ると、このような感じで海を見おろすことができます。

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往路がどれだけ急だったかというと……見てください。

こんなに城門に至る道が急では、攻めるのは相当難しかったのでは?と思うのですが、真金声(まかねごえ)按司(あじ)の時代に、伊敷索(いしきなは、ちなは)按司(あじ)の次男に攻め滅ぼされてしまうのです。

ネットで「具志川城」と検索すると、この久米島のほかに、沖縄本島にある糸満市(いとまんし)の同名のお城が検索されますが、糸満の具志川城は、戦いに敗れて敗走した真金声(まかねごえ)按司(あじ)が築いた同名の城だと伝えられています。

■具志川城跡へのアクセス
〒901-3135 沖縄県島尻郡久米島町仲村渠(なかんだかり)

Google Map

・久米島空港から車で約20分
・兼城港から車で約15分
・入場料不要

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宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)は沖縄県一の高地に建つ城!久米島が一望

宇江城城跡

宇江城城(うえぐすくじょう)は、15世紀に、伊敷索(ちなは)按司(あじ)の長男である久米(くめ)仲城(なかぐすく)按司が築いたと言われています。

こちらも国の史跡ともなっており、発掘作業が行われて多くの中国陶磁器などが見つかっています。

宇江城城(うえぐすくじょう)は、久米島で一番高い場所である、標高310m宇江城岳の頂上に建てられた山城。

この標高は沖縄県内のグスクのでも最も高い場所であり、中国からの船を一番早く見つけることができる遠見台としての役割も果たしていました。

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山を登っていくと、途中からこんな感じで細い道になったりします。

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駐車場が整備され、奥に向かって遊歩道が設けられています。

宇江城城は3つに分けられ、山頂の尾根沿いの最も高い場所に一の郭、その西側の一段下がった所に二の郭を、さらに下がって三つの郭を配しているのですが、駐車場は二の郭と三の郭の間にあります。

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二の郭から。さすがに高い位置にあるので、遠くまで見渡せます。

奥に広がるのは「はての浜」です。私がこの城に住む姫だったら「あそこに行きたい」と憧れを募らせたことでしょう。もっと空気が澄んでいたら、粟国島や渡名喜島などの周辺離島まで見渡せたはず。

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こちらは反対側、どの方角もビュースポットで、ここにお城を築きたいと思った気持ちもわかります。

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そうそう、高所にあるので、こうして柵や階段が設けられた場所以外は行かないでくださいね。

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一番高い場所まで登りました。石垣の向こうに広がるパノラマに感動!

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まるで雲海の上にいるような気分が味わえるのが、宇江城城跡です。

■宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)へのアクセス
〒901-3101 沖縄県島尻郡久米島町宇江城

Google Map

・久米島空港より車で約30分
・兼城港から車で約20分

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比屋定(ひやじょう)バンタから眼下の海抜200mの絶景

比屋定バンタ
比屋定(ひやじょう)バンタはお城ではなく、展望台です。

バンタとは、沖縄の言葉で崖のことを差し、比屋定(ひやじょう)バンタとは「比屋定の崖」という意味になります。

海抜200mの崖の上から絶景が眺められるスポットです。

場所は、宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)から下ったところにあります。242号線沿いなので、ドライブ途中に通ることも多いのではないでしょうか、

宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)に行くのが時間的にきつい人は、比屋定(ひやじょう)バンタの方がアクセスしやすいのでおすすめです。

もちろん、両方行った方がそれぞれの景観が楽しめるのですけれどね。
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こちらの方が海が近いので、宇江城城跡とはまた違った視点で楽しめます。
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よりはての浜を間近に感じられる、ため息の出る絶景です。
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少し手元がギザギザになってしまいましたが、パノラマ写真を撮ると、より海の広がり方がわかりますね~

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展望台の隣には売店とトイレも完備されています。
ちなみにこの売店は「ほっと比屋定バンタ」というそう。

ドリンクのほか、手作りのサーターアンダギーやターム揚(田芋を使った揚げ菓子)が人気で、私が訪れた時はほぼ売り切れていました。

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また、ブルーシールアイスクリームのほか、久米島そばやカレーなどの軽食もそろっています。主なお土産なども買うことができます。

久米島のドライブルート沿いにあり、休憩所にもピッタリ。ぜひ立ち寄ってみてください。

■比屋定(ひやじょう)バンタへのアクセス
〒901-3102 沖縄県島尻郡久米島町阿嘉 比屋定

Google Map

・久米島空港より車で約30分
・兼城港から車で約20分
・売店は火曜日定休 営業時間は7:00~19:00まで

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登武那覇城跡(とんなはじょうあと)は穴場の地元スポット

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最後にご紹介するのは登武那覇城跡(とんなはじょうあと)。

伊敷索(ちなは)氏の三男である笠末若茶良(がさしわかちゃら)によって築城されました。
こちらは、国の史跡ではありませんが、久米島町の史跡となっています。

場所は、奥武島の近く。
他のお城と比べると、丘の上や山頂ではなく、山の中腹に建てられています。
この山が登武那覇(とんなは)山なので、その名前がお城につきました。

この城跡は現在は公園となっており、地域の方にとっての憩いの場所になっています。

駐車場などもちゃんと完備されているのですが、久米島のガイドブックなどにもあまり取り上げられない穴場スポットとなっています。

笠末若茶良(がさしわかちゃら)按司(あじ)は領民に慕われていたようで、その治世をたたえる「おもろ(琉球の歌)」がいくつか残されており、石碑にもなっているのです。

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公園に設けられた東屋からは、こちらもはての浜が一望。

地理的には一番はての浜に近い立地なので、写真で眺めるよりも実際に見ると近く感じますよ。

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パノラマで見るとこんな感じ。
城跡とありますが、島内の具志川城跡や宇江城城跡のような積み上げられた石垣などはありません。

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はての浜ツアーや、奥武島のバーデハウス久米島、畳石などを観光した帰りにちょっと立ち寄るのに良い場所となっています。

■登武那覇城跡(とんなはじょうあと)へのアクセス
〒901-3104 沖縄県島尻郡久米島町真謝

Google Map

・久米島空港から車で約30分
・兼城港から車で約20分

平たんではなく、山がいくつもあったり起伏に富む地形を持つ久米島は、間近に海を見られるビーチのほかにも、高台から島を眺められる絶景スポットがいくつもあります。

今回は残念ながら遠くの島までは見えませんでしたが、いずれのスポットも、お天気次第でははての浜の向こうに渡名喜島や慶良間諸島、沖縄本島までも見えることがあるそう。

比屋定(ひやじょう)バンタと登武那覇城跡(とんなはじょうあと)は、屋根や東屋があるので雨の日でも景色が楽しめますよ。

久米島の観光を楽しみながらぜひ訪れてみてくださいね。

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